高市早苗がドラムを始めたきっかけ!ヘビメタバンドを4つ掛け持つ実力派!

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政治家としてのイメージが強い高市早苗さんですが、実は学生時代にヘビメタバンドでドラマーをしていたって知っていますか?

しかも4つものバンドを掛け持ちしていたという驚きのエピソードが。

どうしてドラムを始めることになったのか、そしてどれほどの実力だったのか。

今回は、意外すぎる高市早苗さんの音楽遍歴を深掘りしていきます。

高市早苗さんがヘビメタのドラムの世界に足を踏み入れたきっかけ、実はとても自然な出会いだったんです。

音楽との出会いは小学生時代まで遡ります。

当時、ピアノを習っていた高市さんに、音大生のお姉さんがレコードをプレゼントしてくれたそう。 その中に入っていたのが、なんとブラック・サバスのアルバムでした。

「小学生でブラック・サバス」って、今考えるとかなり衝撃的ですよね?

でも、これが高市さんの音楽人生を決定づける運命の出会いだったのです。

中学生になると、今度はディープ・パープルに出会います。 最初はキーボードを担当していたという高市さん。

「中学校ぐらいになったらですね、今度はディープ・パープルが出てきて」と後に語っているように、この時期にハードロックの魅力に完全にハマってしまったようです。

そして運命のドラムとの出会いは高校時代。

この頃によく聴いていたのがヴァン・ヘイレンでした。 バンドサウンドの根幹を支えるドラムの魅力に気づいた高市さんは、キーボードからドラムへと楽器をチェンジ。

「特別なきっかけがあったわけではない」と本人はおっしゃっていますが、実は音楽の神様が導いてくれた必然的な出会いだったのかもしれません。

小学生でブラック・サバス、中学生でディープ・パープル、高校生でヴァン・ヘイレンって、これだけでもう立派なメタルヘッドですよね。

高校時代の高市さんは、校則を破ってバイクで通学していたという「不良エピソード」も有名です。

朝はスカートの下にジャージを履いて、バイクで学校の裏手に到着。 そこから金網をよじ登って登校するというワイルドっぷり。

この頃から既に、型破りな一面を見せていた高市さん。

ドラムという楽器選択も、そんな彼女らしい選択だったのかもしれません。

ちなみに、高市さんが愛してやまないドラマーは、伝説的なコージー・パウエル。

レインボーやホワイトスネイクで活躍した彼の力強いドラミングに憧れていたそうです。

確かに、政治家として強いリーダーシップを発揮する高市さんの原点が、ここにあるのかもしれませんね。

高市さんといえば、キャスターもやっていたことはご存知でしょうか?

もしよかったら、高市早苗の前職はキャスター!どんなキャスターをしていたの?も合わせてお読みください。

大学に入学してからの高市早苗さんは、神戸大学の軽音楽部に所属し、なんと4つものヘビメタバンドでドラマーを掛け持ちしていたというから驚きです。

まさに「音楽漬けの日々」ですよね?

4つのバンドを掛け持ちするって、どれだけ忙しかったんでしょうか?

練習スケジュールの調整だけでも大変そうですが、当時の高市さんにとっては充実した毎日だったに違いありません。

「ヘヴィメタルが好きでバンドのドラマーを4つ掛け持ち」と本人が語っているように、まさに音楽中心の大学生活。

アイアン・メイデンやブラック・サバスといったヘビメタの名曲を演奏していたそうです。

特に印象的なのが、ライブでの激しいパフォーマンス。

「ライブの度にスティックが折れるほど、激しいパフォーマンスを見せていた」というエピソードが残っています。

これだけでも、高市さんのドラマーとしての実力と情熱が伝わってきますよね。

さらに驚くべきことに、プロのバックバンドとしても活動していたんです。

「浪速のジャニス」こと小林万里子さんのバックでドラムを叩いていたというプロ級の腕前。

「とっても楽しかった」と振り返る高市さんの言葉からも、音楽への純粋な愛情が感じられます。

4つのバンドを掛け持ちできるということは、それだけ技術力があったということの証明でもあります。

各バンドごとに異なる楽曲、異なるスタイルに対応できる柔軟性と実力を持っていたからこそ可能だったのでしょう。

現在も「スマホの待ち受け画面はYOSHIKI」「議員宿舎の電子ドラムでディープ・パープルの『Burn』を叩く」といったエピソードからも分かるように、音楽への愛は変わっていません。

政治家になってからも、ストレス解消法としてドラムを叩き続けているなんて、本当に筋金入りのドラマーですね。

「サナメタル」という愛称でBABYMETALのラジオ番組にゲスト出演するなど、現在でも音楽シーンとのつながりを大切にされています。

4つのバンドを掛け持ちしていた大学時代の経験が、今の多忙な政治活動にも活かされているのかもしれません。

そんな肉体派の高市さんですが、旦那さんはどんな人なのか気になりますよね?

詳しくは、高市早苗新総裁の夫・山本拓は再婚で三人の連れ子がいる!をご覧ください。

高市早苗さんが大学時代に所属していたバンド名について、具体的な名前が明らかになっているものをご紹介します。

最も有名なのが、女性ヘビメタバンド「ルイ」です。

このバンドで高市さんはドラマーとして活躍していました。

「ルイ」では、UFOの『ロック・ボトム』『ドクター・ドクター』、レインボーの『アイ・サレンダー』、マイケル・シェンカー・グループの楽曲などを演奏していたそうです。

これらの楽曲選択を見ただけでも、かなり本格的なヘビメタバンドだったことが分かりますよね。

UFOやレインボーといえば、ハードロック・ヘビメタ界の重鎮バンド。

それらの楽曲を演奏していたということは、相当な演奏技術を持っていたということの証明です。

特にUFOの『ドクター・ドクター』は、ドラムの技術が試される楽曲として有名。

この曲を演奏できていたということは、高市さんの実力がいかに高かったかを物語っています。

他の3つのバンド名については、現在のところ具体的な情報は公開されていません。

しかし、「4つのバンドを掛け持ち」という事実から推測すると、それぞれ異なるスタイルのバンドだった可能性が高いです。

一つは「ルイ」のような女性中心のヘビメタバンド。

もう一つは男女混合のハードロックバンド。 さらには、よりヘビー志向のメタルバンド。

そして実験的な要素を含むプログレッシブロックバンド。

こんな感じで、様々なジャンルのバンドで経験を積んでいたのかもしれません。

プロのバックバンドとしても活動していた高市さん。

小林万里子さんのバックでドラムを叩いていたという経験は、おそらく「ルイ」での活動と並行していたのでしょう。

現在でも「アイアン・メイデンをよく聴く」「コージー・パウエルが大好き」といった発言からも分かるように、当時演奏していた楽曲への愛着は今も変わっていません。

バンド名は一部しか明らかになっていませんが、4つものバンドで活動していたという事実だけでも十分すぎるほど印象的ですよね。

政治家としての顔しか知らなかった人にとっては、まさに意外すぎるエピソードの連続です。

「燃えるメタル女」という自らの愛称通り、学生時代から一貫してメタル愛を貫いてきた高市早苗さん。

その原点となったバンド活動の詳細が、もっと明らかになることを期待したいですね。

政治家としてのイメージとは正反対の、ロックでワイルドな一面を持つ高市早苗さん。

小学生時代のブラック・サバスとの出会いから始まった音楽遍歴は、今も彼女の人生に大きな影響を与え続けています。

4つのバンドを掛け持ちしていた大学時代の経験が、現在の多方面での活躍にも活かされているのかもしれませんね。