国民民主党の円より子氏が1月20日に次期衆院選で立憲民主党と公明党による新党「中道改革連合」から時期衆院選で出馬することを発表しました。
円より子氏は専業主婦から政治家へ転身した方なのですが、その経緯と家族構成についてこの記事で調べました。
円より子のプロフィール!政治家になったきっけは家族との離別!
円より子氏は1947年2月10日のみずがめ座生まれで現在78歳、神奈川県横須賀市の出身です。
父の転勤で香川に移り、15歳から東京に移り住んでいます。
円より子さんの活動を語る上で欠かせないのが、家族との離別です。
津田塾大学英文学科卒業後、広告代理店勤務を経て結婚し専業主婦となりますが、夫の浮気と離婚問題に直面。
その実体験をもとに「女性の自立」を掲げて活動を開始し、1993年の参議院議員選挙で初当選を果たします、以降3期18年にわたり参議院議員を務めました。
民主党副代表や参議院経済産業委員長を歴任し、一貫して男女共同参画や消費者問題の解決に尽力。
自身の苦難を社会変革のエネルギーに変えた「草の根政治家」の先駆けであり、現在は「女性のための政治スクール」の校長として後進の育成にあたっています。
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円より子の夫は誰?元夫との結婚と離婚の経緯!
円より子さんは政治家としてだけでなく、女性の自立支援の先駆者として知られます。
その活動の裏には、自身の「結婚と離婚」を巡る壮絶なドラマがありました。
エリートサラリーマンの夫と結婚しましたが、ここが政治家としてのスタートになるのです!
円さんは1970年代に結婚。
お相手は一流企業に勤めるエリートサラリーマンだったといいます。
当時は専業主婦として家庭を支え、一男一女の母として平穏な日々を送っていました。
しかし、幸せな生活は長くは続きませんでした。
離婚のきっかけは「夫の女性問題」だったのです。
そして夫の度重なる女性問題と借金が人生の転機となるのです。
当時の法制度や社会では、離婚を望んでも女性が経済的に自立することが極めて難しく、円さんは深い絶望を味わいます。
しかし、この苦い経験が「女性が泣き寝入りしない社会を作りたい」という情熱に火をつけ、後の「ニコニコ離婚講座」設立や政界進出へと繋がっていったのです。
30年越しの再会と、意外な結末とは?
驚くべきはその後日談です。
離婚から約30年後、病に倒れた元夫と再会するのです。
子供たちと共に最期を看取り、なんと亡くなる直前に「再婚(復縁)」という形で関係を修復したことを明かしています。
愛憎を超え、人生の最後に家族としての絆を取り戻した円さんの生き方は、多くの現代女性に勇気を与えています。
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円より子の子供について
円より子さんには、元夫との間に一男一女(息子と娘)の二人の子供がいらっしゃいます。
離婚問題に直面した際、円さんは「子供たちに惨めな思いをさせたくない」という一心で自立を志したといいます。
かつて自身の著書や活動の中で、シングルマザーとして子供を育てながら、仕事と社会活動に奔走した日々について触れていました。
そして、2021年に円さんが明かしたエピソードがそれを物語っています。
1980年代に壮絶な葛藤の末に離婚した元夫が、病気で入院。
円さんはシングルマザーとして低収入で働きながら二人の子を育ててきたため、自身の年金は国民年金のみで老後の不安がありました。
しかし、元夫と再婚したことで、亡くなった後に遺族年金(一流企業の厚生年金)や遺産を受け取ることになりました。
円さんはこれを「30年間、一人で子供を育て上げたことへの彼からの感謝の印、あるいはプレゼント」のように受け止めています。
母の背中を見て育ったお子さんたちも、現在はそれぞれの道で活躍されていることでしょう。
円より子さんは家族の詳細なプライバシーについてはあまり公表されていませんが、これまでの活動を通じて「家族のあり方」や「男女共同参画」について一貫して発信し続けています。
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