2025年6月28日に和歌山アドベンチャーワールドの4頭のパンダ達が中国に「返還」される日が発表されました。
4頭の返還ニュースはパンダファンに大きな衝撃を与えました。パンダ王国、和歌山のパンダの歴史はどんなものだったのでしょう。
アドベンチャーワールドに永明が来たのは1995年
日本で最初にパンダが来日したのは、東京、上野動物園で1973年ですからパンダ=上野動物園のイメージが強いのですが、和歌山の白浜にもパンダはいるのです。最も多かった時には7頭!(2023年2月まで)
和歌山にパンダが来たのは1988年、短期借受展示という形で3か月間だけ、2頭のパンダを1989年1月まで展示。
そして1994年、ジャイアントパンダの輸入許可を取得、1995年に中国から「永明」オスと「蓉浜」メスがやってきます。繁殖研究に入る前に蓉浜が亡くなってしまったため、代わりのメスとして2000年7月「梅梅・メイメイ」が来日。
後に「ビッグダディ」「パンダ界のレジェンド」と呼ばれる永明との間に6頭の子を梅もうける梅梅は来日当時、中国で亡くなったパートナーの子をお腹に宿していました。
そして・良浜(らうひん)を出産、良浜はアドベンチャーワールドで初めて生まれたパンダです。
パンダ界のビッグダディ・永明の二番目のパートナーは先妻の子?!
この良浜がなんと、後々永明の2番目のパートナーになるのです!もちろん梅梅が亡くなってしまったので。パンダ界では繁殖研究のためにです。
良浜のお母さんは、永明の先妻・梅梅なのですが、梅梅は来日前にパートナーとの間に良浜をお腹にを授かっていたので、良浜と永明には血のつながりはありません。
が・繁殖のためにはよくあることと言えど、先妻の娘と再婚!です。人間では考えられないことですね!
子供たちは母親・良浜から見たら梅梅はおばあさん、父親・永明から見たら梅梅も母親なのです・・・
なぜ、先妻、梅梅の子を繁殖研究の対象に?と思いますよね。中国からパンダを借りるには1頭につき1億ものお金を払わなければなりません。それならば、アドベンチャーワールドにいる年ごろの良浜を次の繁殖研究の対象に、となったのです。
レジェンド・永明は16頭のお父さん、繁殖に適した年齢はパンダの場合20歳までですが、永明の最後の愛娘・楓浜(ふうひん)は永明28歳の時の子で人間なら90歳近い年齢で授かった子です!
もちろん自然交配です。
パンダの繁殖に適した日は年にたった三日。たった三日しかないメスの発情、求愛サインを永明は飼育員よりも早く気が付くのです。そうジェントルパンなのです!
パンダ界のレジェンド・永明がいたから白浜のパンダ達がいる
レジェンド・永明には16頭の子がいます。
梅梅との間に6頭、2001年12月7日に第一子となる雄浜(ゆうひん)が誕生、雄浜も中国に戻り繁殖に多いに貢献しています。さすが永明の長男。
梅梅との間にはその後、双子の隆浜(りゅうひん)秋浜(しゅうひん)、幸浜(こうひん)、双子の愛浜(あいひん)明浜(めいひん)と6頭の子に恵まれ、
良浜との間には、双子の梅浜(めいひん)永浜(えいひん)、双子の海浜(かいひん)、陽浜(ようひん)、優浜(ゆうひん)、双子の桜浜(おうひん)、桃浜(とうひん)、結浜(ゆいひん)、彩浜(さいひん)、楓浜(ふうひん)の10頭もの子がいます。
白浜で生まれたパンダにはみな、浜の字がつけられているので、白浜パンダファミリーを浜家と読んでいます。
2023年2月に永明と桜浜、桃浜が中国に返還され、浜家は4頭に。
2025年6月に返還が決まった4頭は母親の良浜、娘の結浜、彩浜、楓浜の4頭です。
相性がよく、仲睦まじい「夫婦」だった、永明と良浜、別れの時には大勢のパンダファンが涙しました、そして今年1月の永明の死。
良浜を永明さんの側に行かせてあげたい、というファンの気持ちもあったようですが、それは永明が亡くなってからになってしまいました。
良浜は、24年間アドベンチャーワールドで育ちました。そして10頭の母親になり、今は3頭の娘と暮らしていました。
永明の生まれ故郷にも「戻る」ことをどう思っているのでしょうか。
※ パンダでまた書いてみました、こちらも読んでください。→パンダを見るためどれくらいの待ち時間が必要?これまで最も待ち時間が長かったパンダは